赤い鳥/竹田の子守唄

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赤い鳥 竹田の子守唄

赤い鳥(あかいとり)は、日本の音楽グループ。
1969年に結成、1970年代を中心に活動し、
1974年解散。

何方でも曲毎に思い出があると思います。

この曲をよく聴いていた頃は博多にいた頃です。
何故か博多で「東京デザイナー学院九州校」に通っていました。
学校は中州近くの東急ホテルの7階?に在ったと思う。
これは少し記憶が怪しい。
博多は比較的繁華街が近く、学校から天神へも歩いて行ける距離で
天神へも良く歩いて行ったものです。

アルバイトをしながらの通学でしたので夜遅く
ラジオを聞きながら、作品を制作していました。
他にプレイヤーもあったのでシングルレコードを買って
すり切れるぐらい繰り返し聞きました。

博多には昭和46年4月から48年3月迄の2年間を
過ごしましたが、大変良い街だと思います。
老後は下関か博多近辺で過ごせればと思っていましたが
そう思い通りにいかないのが現実です。

しかしこの曲を聴くと20代のあの頃を思い出します。
金銭的に厳しく辛い時もありましたが、それらを含めて
今思うと楽しかった日々です。
今でも目を閉じると、学校の廊下の窓から川の対岸に
在った映画館の大きな絵看板やその周辺の情景が
浮かんできます、天神界隈の岩田屋を中心とした
街の状況も瞼に浮かびます。

後、井筒屋の在った博多駅周辺も記憶に強く残っています。
あの当時はまだ路面電車が走っていて、今の地下鉄は陰も形も無く
時間も緩く進んでいたのではないかと思えます。
思い出ってそんなものかも知れませんね!



◆基本情報
 ジャンル フォークソング
 活動期間 1969年~1974年
◆メンバー
 後藤悦治郎(ギター)
 山本潤子(ボーカル、ギター)
 平山泰代(ボーカル、ピアノ)
 山本俊彦(ギター)
 大川茂(ベース)
 渡辺俊幸(ドラムス、キーボード)
◆旧メンバー
 松田幸一(ハーモニカ、パーカッション)
 大村憲司(ギター)
 村上“ポンタ”秀一(ドラムス)


グループ名は鈴木三重吉の童話集『赤い鳥』からとった。
デビュー前は松田幸一も参加していた。
1969年4月に赤い屋根の家
(兵庫県尼崎市武庫之庄)コンサート開催。
1969年11月、
「第3回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に
関西・四国地区代表として出場。
『竹田の子守唄』、『COME AND GO WITH ME』を歌い、
フォーク・ミュージック部門の第1位を獲得、
他部門の優勝グループを抑え、
グランプリを獲得
この時、オフコース(当時はジ・オフ・コースとして)、
チューリップ(当時はザ・フォー・シンガーズとして)も
出場していた。
財津和夫はオフコースを聴いて「負けた」と思い、
オフコースの小田和正は赤い鳥を聴いて
「負けた」と思ったという。
有名なエピソードを聞いた事があります。

★歌詞はコピーすると著作権に関わりますので
 歌詞が掲載されているサイトにリンクしています。






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